ハンチントン病(HD)の主な症状は、動作をコントロールする力の喪失(不随意運動・飲み込み困難)、物事を認識する力(思考・判断・記 憶)の喪失、感情をコントロールする力の困難(抑鬱・感情の爆発 ・いらだちなど)に分けられます。多くは若年で発症すると重症化し、高齢であるほど症状は軽く出る傾向にあります。症状は、人それぞれに大きく差がありますが、ここでは一般的な経過や症状を例に説明します。
身体面の症状──動作をコントロールする能力の喪失
HDの代表的な特徴は不随意運動とよばれるものです。これは、手や足をはじめ、身体の様々な場所が、自分の意思とは関係なく勝手に動いてしまう症状です。初期のころは、周りの人間も気が付かないほどの微妙な動きなので、本人や家族にも発症時期がわからないことがあります。すばやく顔をしかめたり、舌打ちをしたり、首を振ったりします。精神的興奮によって強くなり、睡眠中には消失することが多いようです。
症状が進むにつれて動きは大きくなり、千鳥足歩行のようになります。そのため、酩酊状態と勘違いされてしまうことがあります。
最終的には、座ること立つこともできなくなり、寝たきりの状態となります。寝たきりの状態になっても不随意運動は続くので、ベッドの柵などでケガをしないよう、柵を厚い布で覆うなどの安全に対する配慮が必要です。
症状の進行にあわせて、飲み込む力も低下していきます(嚥下障害)。誤って肺に食べ物が入ること(誤嚥)を防ぐため、食事はゆっくりと時間をかけることが大切です。固形物の摂取が難しくなって来ると、鼻から、あるいは胃に直接チューブを通して液体状の食事を取る形(胃ろうPEG)を選択する場合があります。
認知面の症状──物事を認識する能力の喪失
HDがもたらす認識能力の変化は、認知症のように見えますが、認知症とは異なります。HDの場合、脳の機能のいくつかを選び出して破損するのであって、他の部分は正常なまま保存されているからです。
通常、人は日常生活の中で、さまざまな経験を結びつけて、次の行動のステップとします。例えば、「牛乳がなくなったので、帰りに買って帰る」、あるいは「明日は友人の誕生日だから、プレゼントを考える」などです。理由と意思決定と実際の行動を、私たちは何の不具合もなく組み合わせることができます。
しかし、HDの場合は、「牛乳がない」ことと、そのために「帰りに買って帰る」ということの2つを結びつけられなくなってしまいます。つまり、情報を個別に理解することはできても(牛乳がない、友人の誕生日がある等)、それぞれを関連づけ、計画し、予想し、行動をまとめて処理し、対応することができなくなってしまうのです。結果として、自発的に行動できなくなり、「やる気がない」と誤解されたり、仕事でミスをしてしまったり、といった問題が発生します。
しかし、歩行や会話が困難になっても、患者は周囲の状況をわかっており、好きなものや嫌いなものなどを区別できます。ある患者は、長期間にわたる寝たきりの状態にも関わらず、数十年ぶりに訪問した義姉を確認し、涙を流されたそうです。また、別の患者は、会うことがかなわなかった娘さんと数年ぶりに再会することができたとき、不随意運動が止まり、安定した状態になりました。 これらの事例から、病気が進行しても、脳のすべての機能が破壊されるわけではないと考えられます。
精神面の症状──感情をコントロールする能力の喪失
家族を最も混乱に陥れる問題として、患者の「感情の爆発」があります。突如として怒りだしたり、理解不可能な暴言を吐いたり、物を投げつけたりという行動です。HD患者が感情を爆発させる理由はいろいろ考えられますが、その一つとして「認識能力の喪失」が考えられます。例えば、「テレビを見ているときに話しかけられると怒る」という患者の反応があるとします。これは、テレビから会話へスムーズに注意力を移行させ、再びテレビに意識を戻すことの難しさを患者が感じているせいかもしれません。私たちが患者の認識能力を超えた要求をしているのかもしれないのです。また、患者の呼吸作用(発声する際の呼吸の仕方)に支障が出るために、言語障害が起こり、自分の意思を言葉にできない苛立ちが原因となることも考えられます。
他方、感情の爆発とは別に、一つのことにとても執着したり、うつ状態が長く続いて、引きこもり状態になったりすることもあります。HDの症状は、大きく個人差がありますので、このような精神症状がまったく出ない場合もありますし、逆に強く出る人もいます。
家族でも、これらの変化を「症状」として理解できなかったり、病気のせいだとわかっていても、そう受け止めることができなかったりするかも知れません。
こうした行動の変化のほとんどは、疾患に由来するものといえますが、それと同時に自分が病気になってしまったことに対する動揺やいらだちの結果、起きてくるものもあると考えられます。