黄金律十か条:科学ニュースの読み方
誇大広告に振りまわされないために:HDに関するニュースやプレスリリースの読み方―HDBbuzzによる「黄金律」十か条
エド・ワイルド博士 2011年9月5日 編集:ジェフ・キャロル博士 (翻訳 JHDN会員)
注意:細心の注意を払い翻訳していますが、最適な日本語になっていない可能性があります。著者の意向が正しく反映されていない可能性がありますので、もし疑問に思われる場合は、原本を参照してくださるようにお願いします。
今やHD治療に向けた前進が現実に起こりつつありますが、達成できる以上の約束を科学者たちがして見せている感が往々にしてあります。そこで、HDBuzzでは黄金律十か条を定め、ニュースやプレスリリースがHDのために嘘偽りのない約束をしているかどうか、あるいはニュースの言っていることを割り引いて受け取るべきかどうか、といった判断の一助としたいと思います。
雪の一ひら一ひらと氷河
HDBbuzzは科学を愛していますが、いつもと違って哲学的気分になって、こんなふうに想像してみたい―世界の科学的研究はどれもさっと降ってはどこかに行ってしまう小雪のようなもので、山の頂に薄っすらと積もっては徐々に何か月、何年、何十年とかけて降り積もって固まり、ついには巨大で何ものも止められない氷河となり、一大山脈さえ削り出す。
氷河のように、科学も動きはゆっくりですが山々をも動かします。一ひらの雪でも同じことができるなどと言う人には誰といわず騙されてはいけません
一ひらの雪ではそんなことはできませんが、時を経てひとかたまりになると、世界を変える―そしてHD患者の人生を良きものにする―科学の力は測り知れないものになります。
人々への科学の伝わり方
科学は、研究論文が査読付きの科学誌に掲載されてはじめて「正式」なものになります。けれども科学の多くはプレスリリースを通じて一般の人たちに伝わります。希少な研究資金をめぐって競争が激しくなるなか、研究結果が科学誌に掲載されるだけでは、科学者が研究を続行するには不十分だと言ってもよいでしょう。科学に資金を提供する組織は一般の人たちの声に引っ張られますから、科学者は資金を確保する一つの方法として自らの研究について人々の歓心を買おうとします。そのため、現状ではまだ限られた領域にしか研究の的を絞っていないのに、一ひらの雪にとどめず氷河全体を想像するよう仕向けて人々を喜ばせるという方法をとることがあります。
大学にも企業にも広報室というものがあって、その仕事は科学者にプレスリリースを出すよう勧めることです。よくあることですが、科学者は自らの研究が将来もたらすかもしれない応用についてプレスリリースの場で思惑を述べます。
もちろん、新たな発見を実社会にどう活かすかを考えるのも科学の存在理由ではあります。しかし、これは諸刃の剣です。実現するかもしれないものの多くは実際には実現しないものだからです。
プレスリリースがブロガーやジャーナリストの手によってニュースになるとき、憶測はさらに憶測を重ねることになりかねません。多くの人がかかる病気に関するブレークスルーについて書くほうが、小さな進歩と分かりにくい限定条件について書くよりも多くのクリックを稼げますし、論文もよく売れます。
何がいけないのか
結果として、プレスリリースやニュース記事において、科学的研究では到底実現できないこと(あるいは記事にあるよりもずっと遠い未来のこと)を約束してしまうことになります。
これは個々の科学者の責任ではありません。広報室、ブロガーやジャーナリスト、記事を読む人たちの責任でもありません。誰も誤解を生もうと企んでなんかいません。けれども往々にしてそうなりかねません。これは困ったことで、なぜなら落胆や失望につながることがあるからです。
黄金律十か条
そこで、HDBuzzでは、プレスリリースや科学記事を読むにあたっての黄金律十か条を作ってみました。これがあれば科学記事からしかるべき希望を手繰り寄せ、根拠なき希望に落胆させられるのを避けるのに役立つでしょう。
- すぐにでも、あるいは近い将来HDを「完治」できると約束する人がいたら疑ってかかること。
- うますぎる話だと感じるときは、だいたいがそうだ。
“ただ、用心すべきは何かを読者が心得ていれば落胆しなくて済みます”
- その研究は査読付き科学誌に掲載されているか?そうでなければそれに関するプレスリリースは憶測の域を出ない可能性がある。
- そのプレスリリースが発表しているのはプロジェクトの成果なのか、プロジェクトの開始にすぎないのか、新たな提携や資金提供が承認されたということなのかを自問すること。その違いは大きい。
- HD患者に何かが効くことを示す唯一の方法はHD患者を対象にそれをテストすることだ。
- HD動物モデルで良い結果が得られるのはスタートとしては非常に結構だが、それは治療とは言えない。マウスでうまくいくことの多くは人で試してみると失敗する。
- HD動物モデルでまだテストされていないなら、それが治療方法になるまでの道のりははるか遠い。
- 気持ちの持ちようは家に譬えられる。風通しを良くしておくのはいいが、開けっ放しにすると誰が入ってくるかわからない。
- 自分が読んだものに確信が持てない?HDBbuzzに依頼してそれに関する記事を書いてもらいなさい!
- 最後に、科学のおかげでHDの効果的な治療法へと日々近づいていることを忘れないように。たとえ思わしい結果が得られなかったり治療が失敗しても、それは他のもっと実り豊かな着想に焦点を絞るのに役立つ。
具体例―「ブロック補充」遺伝子療法
最近、Molecular Delivery Truck Serves Gene Therapy Cocktailと題する記事がニュースサイトのScience Dailyに掲載されました。類似の記事がほかのサイトにもたくさん掲載されましたが、どれもノースカロライナ大学のR・ジュード・サムルスキ教授の率いる研究に関する報道で、この研究はPNASという学術誌に掲載されました。
このニュース記事ではサムルスキのチームが非常に素晴らしい業績を上げたと報じられました。その研究はα1-アンチトリプシン欠乏症(略称α1)という疾患を中心に扱ったものでした。
α1患者は肝疾患を発症します。細胞にα1タンパク質の生成方法を伝える遺伝子の対立遺伝子が二つとも不完全なためです。健康なタンパク質が欠けていることも問題ですし、細胞が生成する変異タンパク質が有害なことも問題です。
サムルスキ達は「二連式」遺伝子治療を使って、同じ遺伝上の問題を持つマウスを対象に、この問題の解決にあたりました。まず、DNA様分子を作って正常でないタンパク質の生成をブロックしようとしました。一種の遺伝子抑制です。さらに、補充遺伝子を付加しましたが、これは細胞が健康なタンパク質を作るためのレシピとして使われることになります。
これら二つのペイロードがAAV(アデノ随伴ウィルス)というウイルスの中にひとまとめにされました。AAVは細胞にくっついて、その内容物を細胞に注入します。このウイルスを処置されたマウスはα1タンパク質の健康レベルが回復し、肝疾患を発症しませんでした。
素晴らしい研究、でも、プレスリリースはいただけない
間違えないようにしましょう。これは科学としては素晴らしく、重篤な病気に対する革新的なアプローチです。それなら、何が問題なのでしょう?
黄金律十か条を使って誇大広告と落胆から自分を守りましょう。
では、この研究が私たちのレーダー網にかかったのはなぜか、それはこの研究を報じるニュースすべてが(「嚢胞性線維症、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、・・・ならびにアルツハイマー病のような」)「タンパク質のフォールディング(折れたたみ)」に起因する他の病気を治療するアプローチとしての可能性に触れていたからです。
ニュースがそう報じたのは、当の研究者たちがプレスリリースでそう言ったからで、PNASの論文でもそう述べています。
問題は、この研究がそうした他の病気には直接的には関与していなかったことです。そして、この研究がHDやその他触れられた諸症状にも役立つようになるまでには非常に大きな障害が立ちはだかっています。しかし、ニュース記事を読んでもそうしたことは必ずしも分からないでしょう。
HDの場合、問題点は主として二つあります。第一に、HDの原因タンパク質は非常に大きく、α1タンパク質の7倍あります。AAV(アデノ随伴ウィルス)は小さすぎて補充ハンチンチン遺伝子を送達することはできません。他のウイルスなら大きさではいけるかもしれませんが、今度は積み荷を細胞に送達するのがAAVほど得意ではありません。もう一つの問題点は、α1タンパク質は生成されると血流に放出されることです。つまり、残留するのは僅かです。一方、ハンチンチンタンパク質は細胞内に残ってあれこれの役割を果たす(あるいは害を与える)ので、どんな遺伝子治療であろうと効果を発揮するにははるかに多くの細胞内に到達しなければなりません。
こうした問題点があるために、この研究のアプローチは(独創的ではありますが)そのまま単純にHDへ応用することはできませんし、根本的な変更を加えたとしても、HD患者には(仮に役立つとしても)少なくともあと10年は役立ちそうにありません。
遺伝子療法によほど精通していない限り、HDへの応用におけるこうした問題点を指摘できっこないと思われるかもしれません。
実は手がかりは十分にあるのであって、それをたどれば科学者でなくてもこうした格別のブレークスルーでさえ慎重に扱うことができます。たとえそれが「ハンチントン病」をキーワードに設定したGoogleアラートでポップアップされていたとしても。
黄金律十か条を使う
黄金律十か条をここに挙げたプレスリリースに適用すれば危険を知らせるベルが何度も鳴ります。
第2条 このプレスリリースでは、このアプローチ一つで五つの主要疾病に対して有用となる可能性があると言っています。素晴らしい・・・話がうますぎませんか?慎重に進みましょう。
第5条 HD患者を対象にテスト済みすか?いいえ、この研究はまだマウス止まりです。
第6、7条 HD動物モデルはどうでしょう?いいえ、この研究のマウスはα1欠乏症モデルであってHDモデルではありません。
ですから、遺伝子療法科学の専門家でなくても、この黄金律によって、ここに挙げたプレスリリースの場合でも一定の健全な懐疑主義を働かせることができます。
すなわち、ここで第8、9条の出番です。ブレークスルーについては心を開けつつも慎重さを忘れずに。そして自分が読んだものに確信が持てないなら遠慮なくHDBuzzに調査を依頼してください。(editor@hdbuzz.netにメールしていただいてもHDBuzz.net.でsuggestion formを使っていただいても構いません)
第10条
第10条は私たちのお気に入りです。雪の一ひらと氷河の賞賛へと呼び戻してくれるからです。第10条に触れるたびに思い出すのです。HDの有効な治療法の探求について、個々のニュースから得られるもの、あるいは得られないものが何であれ、私たちは昨日より今日、今日よりは明日と、少しずつ少しずつ前進していることを。
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(投稿:2020/09/16)