ハンチントン研究グループ(HSG)2020年次総会:注目のHD動向 一日目

『HSG2020年次総会:注目のHD動向』の初日に行われた講演・プレゼンテーションのいくつかについてのHDBuzzによる分析をご覧ください。

執筆:レイチェル・ハーディング博士 2020年10月30日 編集:レオラ・フォックス博士

ハンチントン研究グループ(Huntington Study Group:HSG)はHDに特化した臨床研究ネットワークです。昨日、HSGの年次総会が始まりましたが、そのスケジュールは研究者、臨床医、様々な企業によるオンラインの発表が盛りだくさんでした。発表者はみんな新たなHD治療薬の発見に向けて取り組んでいます。この日は興味深いプレゼンテーションがたくさんあり、HD治療のための創薬における最近の動向が網羅されていました。

専門家たちによるプレゼンテーション 新しい薬・療法の追求における最先端の発想

 最初の科学講演はダレン・モンクトン(グラスゴー大学)によるもので、HDにおいて体細胞不安定性(somatic instability)の果たす役割についてでした。体細胞不安定性とは、ハンチンチン遺伝子のCAGリピート数が時間とともに変化することがあるという事実をいうもので、HD患者の場合、その増加が速くなればそれだけ症状の悪化につながります。体細胞不安定性について詳しくは、最近このテーマについて深掘りしたHDBuzzのこちらの記事をご覧ください。モンクトンの研究チームはHD患者の大規模集団を対象に体細胞不安定性の観察研究をしており、使用しているサンプルやデータはEnroll-HDとTrack-HDの両方から得ています。これらのプロジェクトに貢献してくれた患者たちのおかげで、モンクトン研究室は体細胞不安定性が患者の血液サンプルに見られることを明らかにしました。血液は髄液と比べると容易に採取できるため、血中のCAGリピート不安定性を測定できることは、患者の不安定性レベルを軽減する薬剤を探索する研究者にとって、有益なツールとなるかもしれません。


COVID-19パンデミックにもかかわらず、科学者、臨床医、企業研究者は(オンラインではあるものの)相変わらず集まって、HD治療のための創薬における最新研究やHD臨床試験の結果について議論し、HD研究をたゆまず推し進めようとしています。
写真出典:Joseph Mucira

 次の講演はベバリー・ダビッドソン(フィラデルフィア小児病院)によるもので、将来的にHD治療法として有望と思われる遺伝子操作のアプローチについて論じました。ダビッドソン研究室が特に関心を抱いているのは、CRISPRという技術を使って正常なHTTタンパク質レベルを変えずに変異HTTタンパク質量を減らす方法です。ご存じの読者もいらっしゃるかと思いますが、CRISPRを使ったゲノム編集に貢献した科学者たちが先日ノーベル賞を受賞しました。CRISPR分野の科学者たちはこの技術を様々な形で新たに展開しようと取り組んでおり、その結果、この技術の安全な使用が加速され、非常に近い将来、人間の病気をピンポイントで治療できるようになることを研究者たちは期待しています。


タブリッツィ博士による基調講演のポイント

 基調講演を行ったのはサラ・タブリッツィ(UCL)でした。最初に、タブリッツィはHD若年成人研究(今年に入ってHDBuzzで記事として取り上げました)の概要を述べました。この研究はHD遺伝子キャリアで無症状の若者を対照群と比較して、疾患のマーカーが最初に検出される時期を解明しようというものです。発症前の若者を対象とする研究次第では、HDの進行を遅らせたり、止めたり、さらに理想的には予防したりするためにはいつ治療を開始するのが最適なのかを設定するのに役立つでしょう。HDキャリアの若者たちはHDのキャリアではない対照群の参加者たちと比較して、認知面や精神面での差異は認められませんでした。しかし、両グループ間には、これほど早期においてさえ、体内のいくつかの化学物質に関して差異が認められました。最も重要な差異は、HD遺伝子キャリアの若者の髄液中に含まれるNfLというタンパク質のレベルが比較的高かったことです。タブリッツィの研究グループは、NfLレベルはHDの進行をモニターするのに有用なバイオマーカーで、患者の治療時期や治療方法を医師が決定するのに役立ち得ると考えています。講演の後半で、タブリッツィは、現在のところはまだ研究室で検討中ながら、将来臨床試験に入る可能性のある有望な治療法についていくつか触れました。タブリッツィが特に取り上げたのがMSH3というタンパク質で、これはHD患者の病状の進行に影響を与える可能性があるものです。MSH3はもともとGWAS分析 の成果として発見されたもので、その後、世界中の研究者が熱心に研究してきました。培養皿中でヒトの細胞を用いた研究では、MSH3タンパク質量を低下させると体細胞内のCAGリピート部分が伸長するのを妨げることがタブリッツィの研究室によって明らかになりました。しかし、HD患者を対象にした場合にMSH3の低下が病気の進行を遅らせるかどうかはまだはっきりしていません。タブリッツィがもう一つ取り上げた興味深い治療法は、武田薬品によるHTT低下アプローチで、ジンクフィンガー技術を用いて変異HTTタンパク質のレベルを特異的に下げるもので、これによって正常なHTTタンパク質のレベルは下がりません。最後に、タブリッツィが取り上げたのはHDレギュラトリーサイエンスコンソーシアム(RSC)の取り組みで、RSCは新薬候補を研究室から臨床へと前進させることを目標に、HD研究において世界中で実施されている臨床研究の調整を図っています。


HD治療法開発の最新事情およびHD患者の臨床試験データに関する諸講演

 短時間のプレゼンテーションが立て続けにあり、HSGの作業部会から今年の成果や計画の発表が様々なテーマについて行われました。そのなかには、遠隔医療、症状を測定するためのデジタル機器の開発、HD患者の治療に当たっている神経心理学者の経験、患者の意見を患者自身の言葉に即して取り入れる方法などがありました。

 次いで講演を行ったのはカルロス・セペダ(UCLA)で、彼はHDにおいて脳の大脳皮質という領域が果たしている役割について観察研究を行っています。セペダはHD患者の大脳皮質に見られる異常のあり方について説明しました。特に、この異常な脳発達は若年発症HD(JOHD)のような劇症のHDに見られるいくつかの症状を説明するのに役立つ可能性があります。ジョーダン・シュルツ(アイオワ大学)はこのテーマを引き継いで、Kids-JHDというJOHDの観察研究を論じました。Kids-JHDはJOHDの症状や進行について学びと理解を深めるために始められたものです。

 ポール・ジウン(UCL)はサラ・タブリッツィがすでに今日発表しているHD-YASの取り組みについてさらに何点か説明を加えました。ジウンの研究グループはHD-YASの参加者から採取した髄液サンプル中に含まれる様々なタンパク質を探索し、信頼できるバイオマーカーを見出そうとしましたが、ごく初期の段階からHDの進行を追跡するにあたって信頼性があるのはNfLだけのようでした。

 ファン・サンチェス-ラモス(南フロリダ大学)はHD患者に対して遺伝子治療薬を投与する方法の改善について話しました。現在のところ、臨床研究が行われている多くのHD治療薬は、脊髄注射や脳外科手術が必要です。こうした方法は、患者にしてみれば費用がかかりますし不便を強いられます。また、一定のリスクも伴います。サンチェス-ラモスのチームはこうした方法に替えて、鼻からの薬剤噴霧(鼻腔内投与)が有効かどうかを研究してきました。ハンチンチン低下薬をナノ粒子という微小な担体に詰め込んでこれを鼻から送達するという方法です。HDマウスモデルでは試験に成功しており、人を対象とする試験の実施に向けて取り組もうという提携企業が現れることを期待しています。

企業からの新薬開発に関する最新情報

 初日の締めくくりとして、HD治療の様々な方法に取り組んでいる諸企業から手短に報告が行われました。

  • トリプレット製薬は自社の薬剤候補が患者の体細胞不安定性を抑えることを期待していますが、先ずはSHIELD-HDという自然歴研究を実施しています。この研究についてはHDBuzzのEHDN総会に関する記事で取り上げました。
  • ニューエクセル製薬は再生医療のアプローチを採用しています。これをHD患者の脳の損傷部位を再生するのに役立てようとしています。ニューエクセルの薬剤は、HD動物モデルでは有効性を示し、特定の種類の重要な脳細胞が修復されました。2022年には患者を対象とした臨床試験を開始したいと考えています。
  • ミトコン製薬はミトコンドリア(細胞内のエネルギー生成工場)をターゲットとする既存薬を利用しています。ミトコンの研究者たちはこれによってHD患者の活性酸素種(活性酸諸種は多くの有害な連鎖反応を引き起こすと考えられています)の生成を抑えようとしています。

ニューベース製薬は、実験室レベルの試験において変異HTTを低下させることのできる薬剤を開発しました。動物試験ではこの薬剤が全身にくまなく行きわたることが明らかになっています。このことはHDを全身疾患として治療できることを意味しているのではないかと同社の研究者は期待しています。しかしながら、このアプローチがHD動物モデルでHTT低下に有効であると明らかにするにはまだまだ多くの取り組みが必要です。


二日目もプレゼンテーションで忙しい一日になるでしょう。楽しみにしています。

レイチェル・ハーディング博士に明らかにすべき利益相反はありません。レオラ・フォックス博士はアメリカハンチントン病協会(HDSA)で職務に当たっています。HDSAはこの記事で言及されている諸企業と情報交換し、トリプレット製薬と非開示契約を結んでいます。当サイトのディスクロージャーポリシーについて詳しくはFAQをご覧ください。